音流氣 体感センター ブログ vol.23

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「氣功」と聞いたとき、あなたは何を思い浮かべるか。

ゆっくりした体操。公園で朝からやってるやつ。手から何かを出してる人。TVで見たことある謎の映像。

惜しい。でも全部ちょっと違う。

正確に言うと——氣功のルーツを遡ると、そこにあるのは「ゆっくりした体操」でも「公園の朝活」でも「謎の映像」でもなく、

「見えないものを本気で実験しようとしていた人たちの2000年分の記録」

だ。

紀元前の中国。目に見えないけれど、すべての生命と現象を動かしているものとして「氣」という概念が育ち始めた。そして誰かが考えた。「これ、どうにかして扱えないのか」と。

そこから始まった。


お墓から出てきた練功の教科書

「導引」と「吐納」。紀元前から行われていた練習法の名前だ。

導引は体をねじったり伸ばしたりして氣と血の流れを整える体操。吐納は呼吸を通じて氣を出し入れする方法。

さらに「行氣」「存思」という、意識そのものを使って氣を動かす練習もあった。今でいう瞑想やイメージトレーニングに近い。

漢代のお墓から「導引図」という絵巻が見つかっている。いろんなポーズで体をひねっている人たちの絵が、2000年越しで出てきた。

お墓から練功の教科書が出てきた。

2000年前の人たちも、私たちと同じように考えていたということだ。「氣ってなんだろう」「どうしたら調子が良くなるんだろう」と、体を使いながら実験していた。人類、ずっとやっている。


老子たちは「内側に宝がある」と知っていた

やがて道教が生まれる。老子・荘子の思想から発展した、「無為自然」「陰陽の調和」「氣の循環」を理想とする世界観だ。

道教の修行者たちが目指したのは、不老長生と悟り。そのために編み出されたのが「内丹術」という修行だ。

呼吸と意識と姿勢を使って、体の中に「丹」——たましいの薬とでも言うべきもの——を作る。やっていることは「自分の内側の生命エネルギーを練り上げる」ということだ。

同じ頃、仏教が中国に伝わり、「坐禅・禅定」が行われるようになる。静かに座ったまま、呼吸と心を整えながら意識の奥深くへ潜っていく練功だ。

「動きながら氣を整える練功」と「じっとしながら内側を観る練功」の両方が、かなり早い段階からセットで発展していた。

外へ動く道と、内へ潜る道。どちらも同じ氣の探究だった。


地面に打ち込んだ杭のように立つ、ということの意味

時代が進むと、氣を扱う技術は武術の世界に取り込まれていく。

形意拳、意拳、太極拳——中国武術の世界では「站椿」と呼ばれる練功が、ものすごく重視されてきた。

站椿という漢字は「站=立つ」「椿=杭」だ。「地面に打ち込んだ杭のように立つ」という意味だ。

意拳の王薌斎は、特定のポーズを長時間保ちながら、全身を一本につなげる感覚、重心、軸、内側の力の流れを体で覚えさせた。単なる筋トレではない。「全身を一つの意識で動かす」ための練功だ。

太極拳の世界では「太極拳で身につけるべき要素の60パーセントは站椿功にある」とまで言われることもある。

動きの前に、動かない姿勢を徹底的にやる。そうすることで、身体の軸、リラックス、氣の通り道が整っていく。

日本ではこの站椿が「立禅」と訳され、太気拳などを通じて広まった。立ったまま禅をする。立ったまま内側を観る。

氣の學校でやっている「站椿功」「抱樹椿」は、この系統の現代版だ。


20世紀になってようやく「氣功」という名前がついた

ここまで話してきたのに、実はまだ「氣功」という言葉を一度も使っていなかった。

「導引」「吐納」「内丹」「坐禅」「站椿」「内功」——名前はいろいろあるが、ぜんぶ「氣と身体と意識の練功」だった。

20世紀になってから、劉貴珍という中国の医師がこれらをまとめて「氣功」と呼び、病院でのリハビリや保健医療に取り入れた。これが現代の氣功ブームの始まりだ。

その結果「氣功=健康法」「氣功=ゆっくり体操」というイメージが広まった。それ自体は悪くない。でも同時に、古代から続いてきた「意識の深いところを扱う練功」という側面が、少し見えにくくなってしまった。

2000年分の実験の記録が、健康体操の棚に押し込まれてしまった。

氣の學校がやりたいのは、その2000年分を引っ張り出してくることだ。


練功は「意識の周波数を変える装置」だという仮説

現代の研究では、立禅や静かな練功をしているときの脳波を測った実験がある。

報告されているのは——アルファ波が増えること、不安感や抑うつ感が下がり気分が安定すること。

つまり練功は「体を鍛える」だけでなく、意識の状態をいつもと違うモードに切り替えている可能性がある。

氣功には「意守」という概念がある。意識を丹田や泥丸(第三の目のあたり)に向け続ける練功だ。

普段の僕たちは、頭の中のおしゃべりや、スマホの通知や、仕事のことで、意識が外側に散らばりっぱなしだ。でも站椿や抱樹椿でじっと立ちながら意守を使って内側にフォーカスすると——

身体の細かい感覚。場の空氣。人の氣配。

ふだんはノイズとして流れている情報が、くっきりと浮かび上がってくる瞬間がある。

ここから先が、「異能」の入り口になるところだ。


テレパシー・予知夢・幽体離脱と、練功の関係(これは仮説だ)

超心理学という分野がある。テレパシー、予知、透視、ヒーリングなどの現象を、なるべく科学的な方法で研究しようとしている世界だ。

その中で、氣功師が「氣を送る」タイミングと、離れた場所にいる被験者の生理反応の変化を統計的に調べる実験が行われてきた。決定的な証明とまでは言えない。でも、偶然とも言い切れない。

僕は18年間で39回の幽体離脱を体験してきた。その中には「これはただの夢じゃない」とはっきり分かるほどリアルな体外離脱や、後から現実と結びついていく予知夢に近いものもあった。

練功や脳波、意識状態について学べば学ぶほど、ある感覚が強くなっていく。

「身体を動かさずに内側にフォーカスする」「呼吸と意識のパターンが変わる」「変性意識状態に入る」——この3つが揃ったとき、テレパシーや予知、幽体離脱のような現象が現れやすくなるのではないか、という感覚だ。

もしそうだとしたら——站椿功や抱樹椿は、

身体と心を整える練功であると同時に、「超意識・異能の土壌を耕すトレーニング」でもあるかもしれない。

これは完全な事実ではなく、あくまで仮説だ。でも、39回の幽体離脱体験者として、氣の學校をやっている人間として、この仮説を一度「真剣にやり切ってみたい」と思っている。


健康体操じゃないし、怪しい宗教でもない。本気の実験だ。

古代の導引・吐納・内丹・禅定から、武術の站椿・立禅、20世紀の「氣功」という名前、そしてテレパシー・予知夢・幽体離脱へとつながる可能性まで、一気に走ってきた。

氣の學校の氣察コースでやっていく「練功」は、単なる健康体操ではない。

自分の身体感覚を研ぎ澄ませる。場や人の氣配を察しやすくする。意識状態を自分の意志で切り替えられるようにする。その先で、テレパシーや予知夢、幽体離脱のような「異能」が自然に芽吹いてくるかどうかを、一緒に実験してみる。

そういう場だ。

2000年分の実験の続きを、一緒にやりませんか。


音流氣 体感センター 代表 鈴木 拓

○音流氣 体感センター 公式ウェブサイト
https://onryuki.jp/
○氣で読むアロマオイル
〜あなたの魂の匂い、嗅いだことあります?〜
https://onryuki.jp/aroma/
○音流氣 体感センター内『氣の學校』公式LINE
https://page.line.me/388istzp
○著書:『また抜けた。── 18年間、39回の幽体離脱記録』(Kindle)
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※本記事のスライド資料や音源は、主にNotebookLMにて製作しています。