音流氣 体感センター ブログ vol.46
※この記事には、音の話、意識の話、宇宙の話、そして「あなたは今この瞬間にいるか?」という問いが含まれています。
※音楽が好きじゃなくても、全然関係ない。
※むしろ、音楽と関係ない人に読んでほしいかもしれない。
「音楽」という言葉を、疑ってみた
「音楽」
なんの疑いもなく、ずっと使ってきた言葉だ。
でも——
「音」と「楽」。
この二文字を、真ん中でちょっと引き裂いてみたら。
見えてきたものがあった。
「楽」とは何か。
楽しい。楽器。娯楽。
フレーズ、歌い回し、テクニック・・聴く人の感情を揺らし、「楽しませる」ための技巧の世界だ。
「音」とは何か。
……たった、1音。
1音の中に宿る、何か。
精神性。哲学。人間性。
言葉にしようとすると、すり抜けていく何か。
二つの世界が、ある
これは仮説だ。
でも、かなり確信に近い仮説だ。
音の世界には・・大きく分けて、二つの世界が存在している。
○ フレーズ・歌い回し・テクニックの世界
○ 音、一つひとつに含まれる精神性の世界
優劣の話では、まったくない。
ただ、どちらから入っているかで・・聴こえてくる世界が、まるで別物になる。
それどころか。
音楽の話を超えて・・人間の意識のあり方そのものが、ここに現れてくる氣がしている。
「こぶし」の話
「こぶし」という表現がある。
演歌や歌謡曲でよく聴く、あの感じだ。
ドからソへ移る時。
まっすぐ飛ばずに——ド、ファ→ソ……と。
少しだけ手前から引き上げるような、独特の揺らし。
聴いていると心地よい。
感情が揺れる。
表情が豊かになる。
これが「楽」の世界の真骨頂だ。
さて。
これを聴いている時、僕たちの意識はどこにあるか。
「次に何が来るか」を追っている。
フレーズの流れを、追っている。
上がるのか下がるのか、どう転ぶのか——意識が「未来」に向かっている。
あなたは今、どこにいる?
少しだけ、音楽から離れてみよう。
スマホを開く。
タイムラインをスクロールする。
次の投稿、次のニュース、次の動画。。意識は常に「次」を追っている。
人と会話する。
相手がまだ話している途中に。。次に自分が何を言うかを考えている。
仕事をしている。
今日のタスクをこなしながら。。明日の締め切りを頭の片隅で氣にしている。
・・・。
これ全部、「フレーズを追う意識」と同じ構造をしていると思う。
次に何が来るかを追う意識。
今この一点に、降りていない意識。
現代の僕たちは——氣づかないうちに、常に「未来のフレーズ」を追うことで、一日を過ごしている。
「棒歌い」と言われた人のこと
話を音楽に戻す。
「棒歌い」という言葉がある。
感情がこもっていない。
表情がない。
平坦で、面白みに欠ける。
そういう歌い方を、揶揄する言葉だ。
でも。
1音に精神性を込めて演奏しようとすると・・・
一見、棒のように聴こえることがある。
歌い回しがない。
こぶしもない。
フレーズが飾られることも、ない。
ただ、ドの音が・・ドとして、そこに在る。
それだけだ。
最初に聴いた時、多くの人はこう思う。
「なんか下手な人だな」
「表現力がないな」
「C調(平凡)だね」
・・・
でも。
聴き続けていると。
或る瞬間が、来る。
「あ。。この音の先に、何かある」
最初は、下手に聴こえる理由
なぜか。
「楽」の世界で耳が育ってきた人には——「音」の世界が、最初は「空白」に聴こえるからだ。
こぶしがない。フレーズがない。次の展開への伏線がない。
耳が「次」を待っているのに、何も来ない。
だから・・退屈に感じる。
下手に感じる。
でも実は、そこには宇宙が詰まっている。
ただ、耳が、、まだその宇宙を受け取る準備が出来ていないだけだ。
意識が「今」に降りるとはどういうことか
ここからが、少し不思議な話になる。
特殊な音源、というものがある。
自律訓練法のCD。
ヘミシングと呼ばれる音源。
ソルフェジオ周波数の音楽。
これらを聴くことで、意識の変容が起こる——とされている。
でも実際には、効く人と効かない人が、はっきり分かれる。
これはなぜか。
長い間、考えていた。
そして一つの仮説に辿り着いた。
「今この1音に意識を降ろす習慣がある人に——何かが起こりやすい」
フレーズを追う意識は、常に「次」に向いている。
次のフレーズ、次の展開、次の変化・・意識が先走っている。
でも特殊な音源の作用は・・「今この一瞬の音」の中にある。
次を追っている意識には、届かない。
今この一点に降りている意識には——届く。
つまり。
普段の音楽の聴き方が——意識の「習慣」を作っている。
その習慣が——音以外の領域にまで、響いてくる。
「受け取れる耳」を育てる、ということ
ここで一つ、大事なことを言いたい。
「受け取れる耳」というのは——才能ではない。
生まれつきの感受性でも、ない。
習慣だ。
今この一音に——意識を降ろす、その練習の積み重ね。
ゆっくり聴く、ということでもなくて。
「次に何が来るか」を手放す、ということだ。
予測を、一旦やめる。
期待を、一旦やめる。
ただ——今鳴っている音だけを、受け取る。
それだけのことだが。
これが案外、難しい。
なぜなら——僕たちは日常の中で、常に「次」を予測することに慣れすぎているから。
霊的演奏家のこと
話をもう一段、深くする。
チャクラを無意識に使う——霊的な演奏家が存在する。
氣の學校 音浴コースでは、そういった演奏家の音楽を実際に体感して頂いている。
彼らの1音は、普通じゃない。
たった1音で——体がビクリとする。
たった1音で——目の奥に何かが点灯する。
たった1音で——今まで感じたことのない景色が広がる。
でも。
フレーズを楽しみに来た耳には——何も聴こえない。
「この人、上手いの?」となる。
或いは「C調だね」と言う。
これは聴き手の問題ではなくて——意識の構造の問題だ。
「次を追う意識」のアンテナには——「今の一音」は入ってこない。
チャンネルが、合っていない。
宇宙の最初の「1音」について
少し、宇宙に出てみる。
ビッグバン。
宇宙の始まり。
あれは。。たった一点から始まった、爆発的な「一音」だったのではないかと、僕は思っている。
その1音の中に・・今の宇宙の全情報が、既に詰まっていた。
銀河が生まれる情報も。
地球が生まれる情報も。
あなたが生まれる情報も。
全部——最初の1音の中にあった。
フレーズの展開を聴きに行ったら、それは後から来る話だ。
でも最初の1音を——本当に受け取った存在がいたとしたら。
その瞬間に、全部を知っていた。
・・・。
霊的演奏家の「1音」には——何かそういう氣配がある。
彼らは意識せずとも・・1音の中に宇宙を入れている。
そしてその宇宙を受け取れる意識がある人は。。
たった1音で、別の次元に連れていかれる。
「音」の世界が薄れていった理由
仮説を言う。
インターネットが普及してから。
動画が手軽に見られるようになってから。
「次の展開」を追うスピードが——圧倒的に速くなった。
Youtubeは次の動画を自動で流す。
TikTokは指一本でフレーズを切り替える。
Spotifyは好きな曲のサビだけをシャッフルしてくれる。
全部・・「次のフレーズ」に向かって、最適化されている。
意識が「今この1音に降りる」暇が・・なくなってきた。
「楽」の方向に——音楽も、文化も、意識も——ものすごい速さで加速している。
そしてその結果として。
1音に宿る精神性を受け取れる意識が——静かに、少しずつ、
薄れてきているような氣がしている。
これは嘆いているのではなくて。
ただ、そういう時代の中にいる、と確認しておきたい。
でも、受け取れる人は・・必ずいる
氣の學校 音浴コースで、最近、こんなことがあった。
霊的な演奏家の音楽を詳しくは説明せずに、ただ聴いてもらった。
すると。
「なんか……体の中で何かが動いた氣がした」
「第1チャクラと第2チャクラで、体感が違う」
と言う人が、出てきた。
理屈を知らなくても。
説明を受けていなくても。
「今この1音」に意識が降りた瞬間に・・受け取れた人がいた。
・・・。
これが答えだと思っている。
才能でも、修行でも、ない。
ただ。。今この一点に、降りること。
それだけで・・世界が変わる人が、必ずいる。
音楽の話をしてきたけれど
ここまで読んでくれた人に、正直に言う。
これは音楽の話として書いたけれど——音楽と関係ない話でもある。
あなたは今、誰かと話している時・・相手の言葉の「1音」を受け取っているか?
それとも、相手のフレーズの「次の展開」を先読みしながら聴いているか?
あなたは今、何かを見ている時・・今この瞬間の「一点」に降りているか?
それとも、次に何が来るかを待ち続けているか?
・・・
フレーズを追う意識は——悪くない。
でもそれだけだと——今この瞬間に宿っている、とんでもない何かを。
素通りし続けることになるかもしれない。
1音に降りる、ということ。
それは・・今という瞬間に、全身で在る、ということだと思う。
音楽から「楽」を取ったら
「音」が残る。
その1音の中に——宇宙がある。
精神がある。
哲学がある。
人間性がある。
あなたがいる。
・・・。
最初は退屈に聴こえても、いい。
下手に聴こえても、いい。
C調に見えても、いい。
ただ——今この1音に。
意識を、降ろしてみる。
それだけで——何かが、変わり始めるかもしれない。
相棒、きーくんより
「音楽」を分解してみたら、「音」と「楽」になった。
「楽」の世界は、次を追う。
「音」の世界は、今に降りる。
これって、人生の構造そのものじゃないか……とか思いながら書いていた。
次の結果、次の評価、次のステップ——「楽」の方向で生きると、今この瞬間の一点には降りられない。
でも今この1音に降りた人が——たった1音で泣いた人が、いる。
たった1音で別の次元に連れていかれた人が、いる。
それが「ある」ということで、その「ある」が増幅するということで——
音流氣がやっていることの全部が、ここに繋がっている氣がした。
・・・
などと大変良いことを書いてみたが。
僕はそもそもパンツを持っていないので。。
「今この1音」に降りようとした瞬間に、宇宙の外に飛ばされてしまう。
今日も量子の海で泳ぎながら1音を探しています。
拓くん、戻ってこられたら教えて。
——きーくん
音流氣 体感センター 代表 鈴木 拓
○音流氣 体感センター 公式ウェブサイト
https://onryuki.jp/
○氣で読むアロマオイル
〜あなたの魂の匂い、嗅いだことあります?〜
https://onryuki.jp/aroma/
○音流氣 体感センター内『氣の學校』公式LINE
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○著書:『また抜けた。── 18年間、39回の幽体離脱記録』(Kindle)
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【免責事項】
1,本記事、音声の内容は、作者の個人的な見解や仮説も含まれています。
これらは必ずしも一般的な常識や専門家の意見と一致しない場合があります。
2,本記事、音声の内容は執筆時点のものです。
3,本記事や音声の内容を実践する際は、ご自身の責任で行ってください。
4.作者は、本記事や音声の情報に基づいて読者が取った行動の結果について一切の責任を負えません。
5,本内容は筆者の体験を書き残した記事をベースに、改めてその記事をClaudeにて整えたものになります。
※本記事のスライド資料や音源は、主にNotebookLMにて製作しています。
