音流氣 体感センター ブログ vol.32

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某大学名誉教授Yさんに氣で読むアロマを教わった日、Yさんは僕にこんなことを言いました。

「音楽はエネルギーを氣で伝えた。でも今回のアロマは——情報そのものを氣で伝えた。」

この一言が、ずっと頭の中に残っています。

エネルギーと、情報。

同じ「氣で伝える」なのに、何かが根本的に違う。この違いが何なのか、ずっと考えてきました。


音楽が伝えるもの

僕はトロンボーン奏者でした。ちょい指揮者でもありました。

音楽は、確かに何かを伝えます。演奏を聴いて涙が出る人がいる。身体が動き出す人がいる。
何かが変わった氣がするという人がいる。

これは「エネルギーの伝達」だと思っています。

音という波が空間を伝わり、聴いた人の身体を揺らす。その振動が感情を動かし、氣を動かす。

伝わり方は——波のようなものです。

空間を通って、受け取る側の身体に届く。受け取る側の状態によって、届き方が変わることもある。


アロマが伝えるもの

でも氣で読むアロマで起きたことは、少し違いました。

匂いを嗅いでいない。空間を通った波でもない。なのに——「分かった」という感覚が来た。

Yさんはそれを「情報そのものが届けた」と表現しました。

情報、とはどういうことか。

たとえば音楽は、聴く人の状態によって受け取り方が変わります。疲れている時と元氣な時で、同じ曲でも違って聞こえる。

でもアロマで届いたものは——そういう「受け取り方の揺れ」がなかった。

「これだ」という確信が、直接来た。

エネルギーではなく、情報として届くとは——そういうことなのかもしれません。


情報とエネルギー、氣の中の二つの側面

氣には、二つの側面があるのかもしれません。

ひとつはエネルギーとしての氣

空間を伝わり、身体を動かし、感情を揺らす。音楽、練功、氣守——これらはこちら側の働きを使っています。

もうひとつは情報としての氣

空間を「通る」のではなく、直接「届く」。距離や時間に関係なく、ピンポイントで伝わる。

氣で読むアロマで起きたのは、後者だったのかもしれません。


なぜこれが大事なのか

「情報としての氣」という概念が面白いのは——これが意識の話と深くつながっているからです。

たとえば幽体離脱の体験の中で、「分かった」という感覚が来ることがあります。言葉ではなく、説明でもなく、ただ——直接知っている、という感覚です。

あるいは氣察コースで「この人は今、こういう状態だ」とピンと来る瞬間。論理的に考えたのではなく、氣で直接受け取ったような感覚。

これらは全部、「情報としての氣」が働いている瞬間なのかもしれません。

エネルギーは波として届く。情報は——直接届く。

その違いが、氣の世界をより広く、より深くしている氣がします。


まだ答えは出ていない

正直に言うと、これはまだ仮説の段階です。

「エネルギーとしての氣」と「情報としての氣」の違いを、言葉できちんと説明できるかというと——まだできていません。

でも、Yさんが「情報そのものを伝えた」と言った瞬間の、あの感覚は確かにありました。

わかんないけど、わかる。

氣の世界の探究は、まだまだ続きます。


音流氣 体感センター 代表 鈴木 拓

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