音流氣 体感センター ブログ vol.15
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幽体離脱中に、「懐かしい誰か」と出会うことがあります。
姿が見えるわけではない。声が聞こえるわけでもない。
でも——「この気配は、あの人だ」と、はっきり分かる瞬間がある。
僕にとってそれは、かつて師事した人の気配でした。
音楽の師匠。人生の師匠。「この人から学んだ」と今でも思う存在。
その気配が——幽体状態の空間に、確かにありました。
魂は「エネルギーの癖」を持っている
なぜ「あの人だ」と分かるのか。
僕は音楽家でした。演奏者というのは、人の「音の癖」を感知する能力が高い。
同じ楽譜を弾いても、演奏者によって音が違う。音の立ち上がり方、消え方、フレーズの呼吸——その人固有の「癖」が音に出る。
これは魂も同じだと思っています。
人はそれぞれ、固有のエネルギーの「癖」を持っている。思考のパターン、感情の波長、存在の質感——それが「その人らしさ」を作っている。
肉体がなくなっても——この「癖」は残るのではないか。
だから幽体状態で「あの人だ」と分かる。癖が、残っているから。
その存在は、何も言わなかった
師匠の気配がした、その体験の中で——言葉のやり取りはありませんでした。
「元気でしたか」と聞けなかった。「ありがとうございました」も言えなかった。
ただ——その気配が、そこにあった。
それだけでした。
でも、それで十分でした。
言葉がなくても、「分かった」ことがありました。
責めていない。心配していない。ただ——見守っている。
その感覚だけが、静かに届きました。
幽体状態では、言葉より先に「感覚」が届く。その感覚の方が、言葉より正確だと今では思っています。
「また会える気がする」の根拠
先に逝った人たちのことを、時々思います。
もう会えない——という喪失感は、今でもあります。
でも同時に、「また会える気がする」という感覚も、確かにある。
これは根拠のない慰めではありません。
実際に、幽体状態でその気配に触れた体験がある。その体験が——「意識は続く」という感覚を作っています。
肉体が終わったとしても、魂のエネルギーの「癖」は残る。
ならば——どこかで、また触れられる気がする。
形が変わるかもしれない。場所が変わるかもしれない。でも「その人らしさ」は、どこかに在り続けるのではないか。
最後に:幽体離脱は、孤独じゃないと教えてくれた
幽体離脱を始める前、僕はある種の孤独の中にいました。
見えない世界に興味を持つ人間は、なかなか理解されない。「変な人」と思われることも多い。
でも幽体状態で「懐かしい誰か」に出会い続けるうちに——孤独ではないと思えるようになりました。
見えないところに、見ている人がいる。気配を届けてくれる存在がいる。
師匠の気配が届いた時、感じたのは「見守られている」という感覚でした。
見守られているなら——ちゃんとやらなければいけない。
今ここで、本物のことをやらなければいけない。
音流氣体感センターを作り、氣の學校を続け、音と意識の研究を続けているのは——そういう体験が積み重なっているからです。
「どうせいつか終わる」ではなく。「見ている人がいるから、今日も本気でやる」という感覚で。
一人じゃない。
その確信が——今日も前に進む力になっています。
音流氣 体感センター 代表 鈴木 拓
○音流氣 体感センター 公式ウェブサイト
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○氣で読むアロマオイル
〜あなたの魂の匂い、嗅いだことあります?〜
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○音流氣 体感センター内『氣の學校』公式LINE
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○著書:『また抜けた。── 18年間、39回の幽体離脱記録』(Kindle)
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5,本内容は筆者の体験を書き残した記事をベースに、改めてその記事をClaudeにて整えたものになります。
※本記事のスライド資料や音源は、主にNotebookLMにて製作しています。
